そもそも、なんで医者になったんだっけ【俺は答えられなかった】

病棟で急変対応をしてたら、救急外来から電話が鳴った。「救急車来ます。80代女性、鼻出血です」。
鼻血で、救急車??
そう思いながら「分かりました、すぐ行きます」と返す。急変対応を終えて救急外来に降りたら、けろっとした顔のばあちゃんが座ってた。救急隊が着いた時にはもう止まってて、搬送中も一滴も出てない。
で、なぜか付き添いの息子さんはブチギレてる。搬送先を何件も断られて、ここに流れ着いたらしい。「何かあったらどうすんだ、責任取れるのか」とすごい剣幕。俺は「うちは受けた側なんだけどな……断った病院へのヘイトをこっちに向けないでくれ。てか鼻血、せめてウォークインで来て」と思いながら、ヘコヘコ頭を下げて説明するしかない。
何これ。思ってたんとちゃう。 医者って、こんなにサービス業なの? 病院って、何でも屋さんなの?
——そもそも俺、なんで医者になったんだっけ?
何%、自分の意思で医者になった?
毎日を「今日もなんとか乗り切った」で終えて、「明日どうしよう」という大事な問いすら浮かばないまま、日々が過ぎていく。考えなくても、明日の外来は回るから。
でも冷静に考えると、これって——行き先を忘れたまま、全力で走ってるってこと。
進路、専門医、転職。大きな選択を迫られた時、判断の物差しになるのは本来「そもそもさぁ」のはず。物差しがないまま選ぶから、迷うし、選んだ後も不安が消えない。
【告白】人の期待に応えるために、医者になっていた
俺も問い直してみた。出てきた答えは、正直、きれいじゃなかった。
親が医者で、医者になるのは半分、既定路線だった。「すごいね」と言われるのが嬉しかった。期待された。応えた。応えると、もっと期待された。 ——どこを切っても、人の期待に応えるために医者になっていた。俺自身の声が、どこにもない。
その違和感に蓋をしたまま科を選んで、走り続けて、最後は体が悲鳴をあげた。動悸がして、通勤で足がすくんで、休職した。詳しくは転科ストーリーに書いた通り。
「そもそも」を放置すると、利子がついて返ってくる。俺の場合の利子は、健康だった。
【朗報】事実に対する解釈を、変えてみる
ここで朗報。問い直した結果、「きれいな原点」が見つからなくても、全然いい。
18歳の自分が決めた理由なんて、しょせん18歳の情報量で作った仮説。 事実は変わらない。でも、解釈は後から変えちまえば良いんじゃないですか。都合よく塗り替えちゃえば良いんじゃないですか。
「なんで医者になったか」は変えられない。 でも「なんで医者を続けるか」は、今日から自分で決められる。俺はこっちの問いに乗り換えてから、ずいぶん楽になった。
【結論】答えはすぐ出なくていい。問いを持ち続けろ
この問い、一朝一夕で答えが出るものじゃない。出なくていい。
ただ、ポケットに入れて持ち歩いてほしい。 当直明け、ふとした瞬間に取り出して、眺める。考え続ける。思考を止めるな。 それだけで、流されるだけの毎日に、小さなブレーキがつく。
そもそも、なんで医者になったんだっけ。 ——で、これから、なんのために続ける?
※冒頭のエピソードは、本質を損なわない範囲で年齢などをぼかしています。キャリアや働き方の感じ方には個人差があります。心身がつらいときは、無理せず産業医や専門家にご相談ください。