考え方

【多数派の罠】みんなが行く道=正しい道、じゃない【無難と最適は別物】

written by じん
【多数派の罠】みんなが行く道=正しい道、じゃない【無難と最適は別物】

「同期はみんな専門医を取る」「普通はこのまま医局に残る」「みんなそうしてる」。

——で、それ、理由になってる?

「みんなが行く道」の安心は、思考の麻酔

同じ方向に並んで飛ぶ鳥の群れ

多数派と同じ道を選ぶと、不思議な安心感がある。 間違ってたとしても「みんなも間違えた」ことになるから、自分だけの失敗にならない。

赤信号、みんなで渡れば怖くない——あれと同じ。 怖くなくなってるだけで、信号は赤のまま。ただの集団心理。

この安心、麻酔に似てる。痛みは消えるけど、原因は治ってない。 「この道は自分に合ってるのか」という本来考えるべき問いが、「みんなと一緒だから大丈夫」で上書きされて、検証されないまま流れていく。

麻酔が切れるのは、だいたい数年後。気づいた時には、結構進んじゃってる。

多数派が正しいなら、多数派はもっと幸せなはず

夜の電車で疲れて座る人々

シンプルな反証を出す。

もし「みんなが行く道」が正解なら、その道を行った多数派は、満足してるはずだよな。 じゃあ周りを見てくれ。医局の飲み会で、愚痴を言ってる先輩は少数派か? 「辞めたい」って言いながら10年いる人は?

多数派の道は、多数派にとって"無難"なだけで、あなたにとって"最適"とは限らない。 無難と最適は、別物。服のフリーサイズと同じで、誰にでもそこそこ合って、誰にもぴったりは合わない。

【誤解するな】道が悪いんじゃない。"無検証"が危ない

ルーペで地図を確認する手元

勘違いしないでほしいのは、多数派の道=悪、でもないこと。 王道にはちゃんと王道の理由がある。実績があり、前例があり、失敗パターンも知られてる。

危ないのは道そのものじゃなく、検証せずに乗ること。 「みんなが行くから」で乗った人と、「比べた上でこれが一番合う」と乗った人。同じ道でも、しんどくなった時の踏ん張りがまるで違う。前者には理由がないから、折れる。

【結論】検証して残った道は、もう「あなたの道」

朝の光の中を一人で歩く人

やることは1つだけ。選ぶ前に、一度疑う。

「この道、みんなが行くから選ぼうとしてない?」 「他の選択肢を、3つ挙げられる?」(挙げられないなら、情報不足。外の地図を見るだけでも違う) 「誰も行かなくても、俺はこれを選ぶ?」

疑った上で、それでも王道が残ったなら——おめでとう。それはもう「みんなの道」じゃなくて、あなたが選んだ、あなたの道だ。

で、今あなたが歩いてるその道は、どっち?

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