【やりたいことが分からない】正体は、実験不足だった【考えるより試せ】

「やりたいことが分からない」。 進路の相談で、いちばんよく聞く言葉。そして俺自身が、いちばん長く抱えてた言葉。
先に結論。 分からないのは、あなたが空っぽだからじゃない。
やりたいことは、頭の中を探しても出てこない
「やりたいことを見つけよう」とすると、たいてい机に向かって考え始める。自己分析、ノート、診断テスト。
で、出てこない。当たり前なんだよな。 やりたいことは、記憶の中から"発掘"するものじゃなく、体験から"発生"するものだから。
経験してないことを、やりたいかどうか判定できるわけがない。寿司を食ったことない人に「寿司はやりたいことですか」と聞いてるようなもの。頭の中の在庫だけで探すから、「ない」という正しい答えが返ってくる。
【正体】「分からない」は無能じゃなく、未実験
だから「やりたいことが分からない」の正体は、こう言い換えられる。
「判定材料になる実験データが、まだ足りない」。
それだけ。能力の欠陥でも、感受性の欠如でもない。実験不足。 医学部→国試→研修→入局と進んできた人は特にそう。優秀さと引き換えに、寄り道の実験量が圧倒的に少ない。レールの上では、サンプルが偏る。
【実体験】俺は、会いに行くことでデータを集めた
俺の実験の話をする。 転科を迷ってた時期、机で考えるのをやめて、大学の外で働く医師に、全国会いに行った。
地域に根を張る人。お金の話を正直にする人。専門性じゃなく個性の掛け合わせで生きる人。 会うたびに、自分の中の反応が違うことに気づいた。ワクワクする話と、すごいけど心が動かない話がある。この"反応の差"こそが、探してたデータだった。
やりたいことは、考えて見つけたんじゃない。動いた後の残骸から、拾った。
【結論】小さく試せ。判定はその後でいい
「やりたいことが分からない」と悩む時間を、今日から実験に変えよう。
人に会う。見学に行く。本を1冊読む。バイトで違う環境を覗く。 どれも「人生を賭ける」必要はない。サンプルを1個増やすだけ。心が動けば続ければいいし、動かなければ「これは違う」という立派なデータになる。違うと分かることも、前進だ。
分からないまま悩むのと、分からないから試すのと。 1年後、別の場所に立ってるのはどっちだと思う?