【見えない請求書】専門医、本当はいくら払ってる?【時間・金・代償を計算した】
専門医。あの肩書きに、俺たちは一体いくら払っているのか。 金だけじゃない。時間、労力、そして精神。レシートに載らないコストを全部足したら、本当に「取った方が得」と言い切れるのか。
(そもそも「とりあえず専門医」を疑う話は、この記事に書いた。今回は、その"値段"を数字で出す)
【見えない請求書】あの肩書きに、いくら払ってるのか
内科専門医を取って、その上にサブスペを1つ乗せる。最短でも卒後7〜8年かかる。診療科や施設によって若干異なるが、今回は一般論として進める。
その7〜8年、ただ働けば金になる年月を、研修という名目で削る。薄給。当直。症例集め。症例報告。試験。そして取った後も「更新」が一生ついて回る。
問題は、この請求書がどこにも明示されないことだ。給与明細にも、確定申告にも載らない。だから誰も総額を計算しない。
【内訳】取得までに払うもの(概算)
卒後の道のりを、俺の概算で雑に並べる。施設や年次で変わる前提で読んでほしい。
| 段階 | 期間(概算) | 主に払うもの |
|---|---|---|
| 初期研修 | 2年 | 薄給・当直・科をぐるぐる |
| 内科専攻医 | 3年 | 主担当120症例以上・病歴要約29篇・試験 |
| サブスペ研修 | 2〜3年 | さらに症例・手技数・学会発表 |
| 各種試験 | 都度 | 受験料・準備時間・心労 |
内科学会が定める要件を、正確に並べておく。逃げ場がないやつだ。
- 研修期間:専攻医として3年
- 主担当医として120症例以上を登録(2024年度研修開始=J-OSLER7期生以降の要件。旧基準は160症例)
- 内科13分野・70疾患群のうち、56疾患群以上を経験
- 病歴要約29篇を作成し、査読(評価)に合格
- ほかにJMECC(内科救急)受講・CPC(剖検)等
- そしてサブスペ専門医は、これに業績要件が上乗せされる。多くの領域で、研修中に学会発表または論文発表を2回以上(筆頭が求められる領域もある/件数は学会で異なる)
※症例数・疾患群数などの要件は、プログラム開始年度によって変わる。ここでは最新版のプログラムに乗った場合の件数を記載した。
この「病歴要約29症例」を、誰も労働として時給換算しない。たぶん怖くて計算できないんだ。だから俺が計算する。
【時給換算】病歴要約29本=145時間の"無給労働"
病歴要約は1件あたり、俺の体感で最低5時間(資料集め・作成)。査読で差し戻されると、さらに増える。
- 29件 × 5時間 = 約145時間
- 差し戻し込みなら、200時間超も普通だ。
これを時給1万円のバイトに換算すれば、145万円分の労働を「無給の事務作業」に充てている計算になる。給料には1円も上乗せされない。純粋な持ち出しだ。
【罠】取った後も、毎年抜かれる「維持コスト」
取って終わりじゃない。専門医は更新制だ。ここが本当の罠だと俺は思っている。
- 学会年会費:複数学会に入れば、合算で年数万円が毎年(概算)
- 専門医の更新料:更新のたびに数千〜数万円(学会で差・概算)
- 単位(クレジット)取得:講習会・学会出席が必須。参加費+交通費+宿泊費
- そして最大の隠れコスト=そこへ行く「時間」と「休日」
会費や更新料は、痛いが見える。問題は単位だ。週末に新幹線で学会へ行く。参加費を払い、ホテルに泊まり、休日を1日溶かす。これを更新サイクルのたびに繰り返す。
金額より、消えていく休日の方が高い。俺はそう感じている。
【別ルート】その時間を「バイト医」で過ごしたら
ここで意地悪な計算をする。専攻医が実際に何時間働いているか。俺の概算で並べる。
| 内訳 | 計算 | 月の時間 |
|---|---|---|
| 通常勤務 | 8時間 × 月20日 | 160時間 |
| 当直 | 16時間 × 月4回 | 64時間 |
| 時間外 | 2時間 × 月20日 | 40時間 |
| 合計 | 264時間/月(年3,168時間) |
月264時間。これを薄給でやっている。
同じ264時間を、非常勤(バイト)医として時給1万円で働けばどうなるか。
- 月264万円 = 年3,168万円。同じ時間ならこれだけ稼げる、という機会費用の「上限」だ。
- ただし現実にはそんなに詰め込めない。週4日ペースに抑えて、年収2,000万円(=年2,000時間労働)あたりが現実的なラインだ。専攻医の264時間/月より労働は軽いのに、年収は数倍になる。
ここまで聞くと夢のような話だが、バイト医には落とし穴がある。
- 非常勤(バイト)医は社会保険なし。国民年金(年約20万)+国保(高所得で上限・年約100万)+所得税・住民税(概算550万前後)を、全部自分で払う。
- バイトを探す手間、収入の不安定さもついて回る。
- これらを差し引いた手取りは、概算で1,330万円程度。
それでも、専攻医の手取り(額面500万台・手取り月30万前後)と比べれば桁が違う。すべて概算で、自治体・年度によって変動する前提の数字だ。投資助言でもない。
【複利】金の複利と、思い出の複利
浮いた金を、どう使うか。ここに2種類の複利がある。
① 経済的複利
バイト医ルートで浮いた金のうち、年500万円を運用に回したとする。年利5%で複利運用した場合のシミュレーションが下だ。相場は上下するし、あくまで試算で、投資助言ではない。
| 年 | その年の投入 | 5年後時点の評価額(概算) |
|---|---|---|
| 1年目分 | 500万 | 約608万 |
| 2年目分 | 500万 | 約579万 |
| 3年目分 | 500万 | 約551万 |
| 4年目分 | 500万 | 約525万 |
| 5年目分 | 500万 | 約500万 |
| 合計 | 2,500万 | 約2,763万 |
投じた元本2,500万が、5年で約2,763万。働かずに260万近くが増えた計算だ(年利5%想定・あくまで試算)。
そして、ここからが複利の本番だ。この約2,763万を、追加投資ゼロで——1円も足さずに——ただ寝かせ続けたらどうなるか。
| 寝かせる期間 | 評価額(概算) |
|---|---|
| そのまま10年 | 約4,500万 |
| そのまま20年 | 約7,330万 |
| そのまま30年 | 約1億1,940万 |
何もしなくていい。ただ放置するだけ。30年後、元本2,500万は約1億1,940万——4.7倍に膨らむ。働いて増やしたんじゃない。時間が増やした。これが複利の正体だ(すべて年利5%想定・あくまで試算で、投資助言ではない)。
② 思い出の複利
だが、複利は金だけの話じゃない。
同じ金を、若いうちの海外旅行・国内旅行・経験に使ったらどうなるか。運用はされない。残高は増えない。けれど「若い時間でしか得られない経験・視野・人間関係」として、人生に複利で効いてくる。
金の複利も、思い出の複利も、共通点はひとつ。早く種をまくほど効く、ということだ。
そして専門医ルートは、その大事な5年を——査読の差し戻しに溶かす。
【反論潰し】「専門医を取れば時給は上がる」——そこも計算した
ここまで読んで、こう言いたい人がいるはずだ。
「おいおい、じん。専門医を取れば時給は上がるんじゃないのか。応募できる案件も増えるんじゃないのか」
——その通りだ。だから、そこもしっかり準備させてもらった。
事実、無資格でも入れる一般内科の外来や健診のバイトは、時給1万円前後。一方、専門医資格と手技(検査・処置系)が要る案件は、時給1.2万〜2万円が相場だ。実際の求人でも「外来のみ1.2万円/手技できる人は1.5万円」と、はっきり差がつく。
そして、もっとデカいのは応募できる案件そのものが増えること。高単価バイトは「専門医資格+卒後5年以上」を条件にしていることが多い。無資格だと、そもそも土俵にすら上がれない。
じゃあ、時給が1万→1.5万に上がるとして、トータルでどっちが得なのか。年2,000時間(週4ペース)働く前提で、累計の手取りを並べてみる。
| 卒後の年数 | 無資格バイト(時給1万)累計手取り | 専門医ルート(5年研修→時給1.5万)累計手取り |
|---|---|---|
| 5年 | 約6,650万 | 約1,800万 |
| 10年 | 約1.33億 | 約1.08億 |
| 15年 | 約2.0億 | 約1.98億 |
| 20年 | 約2.66億 | 約2.88億 |
前提(すべて概算):無資格バイトは最初から時給1万・手取り年1,330万。専門医ルートは研修5年を薄給(手取り年360万)で耐え、6年目から時給1.5万・手取り年1,800万。両者とも年2,000時間労働。税・社保の自己負担は前章と同じ前提だ。
読み取れることは、はっきりしている。
時給が1.5倍に上がっても、累計で追いつくのは卒後15年——およそ40歳。 それまでは、無資格で先に稼いだ方がずっと前にいる。専門医ルートが逆転するのは、そこからだ(20年時点で約2,200万の差)。
しかも、これは運用をまるごと無視した数字だ。前章の通り、先に手にした現金を5%で回せば、無資格ルートの「リード」はもっと開く。逆転はさらに後ろへずれる。
つまり、「専門医を取れば時給が上がる」は本当だ。本当だが——上がった時給で、5年の薄給と機会損失を取り返し終えるのは、ずっと先ということだ。
もちろん、専門医ルートは時給だけの話じゃない。常勤の安定、部長・開業という上振れ、そして次に書く「肩書きの信用」がある。だから一概に損とは言い切れない。だが、数字は数字として、直視しておく価値がある。
【逆張り】じゃあ、取らない方が得なのか?
ここまで読むと、専門医なんて取らない方が得に見える。金だけ見れば、たぶんそうだ。
でも、ひとつだけ崩せない事実がある。
人は、肩書きで判断する。
患者も、紹介元も、転職先も、共同事業の相手も。「専門医」の4文字があるかないかで、初対面の信用が変わる。これは綺麗事じゃなく、現場で何度も見てきた事実だ。
だから俺の結論は二段構えになる。
一段目。俺自身は、保険として専門医を取る側だ。 損得で割り切れていない。怖いから取る、が正直なところだ。ここは弱さとして開示しておく。俺は今、〇〇病専門医です——その看板を、結局は手放せていない。
二段目。 もし「専門医は権威性を示すためのツールでしかない」と完全に割り切れる人がいるなら——ハイポ(負荷の軽い)な診療科、ハイポな病院で、消耗を最小化して「専門医という肩書きだけ」サクッと回収する、という戦略もアリだと俺は思っている。
一生バリバリ症例を回すためじゃなく、看板を1枚もらうためだけに最短ルートを通る。これは逃げじゃない。設計だ。
【結論】いちばん高かったのは「時間」だった
会費も更新料も、痛いが取り返しがつく。取り返せないのは、研修に注いだ5年そのものだ。その5年で得られたはずの金、経験、自由——これが会計に絶対に載らないコストの正体だ。
専門医を取るな、とは言わない。俺自身が保険で取る側だ。
ただ、取るなら「何を払っているか」を直視してから取った方がいい。見えない請求書の総額を、一度でいいから自分の手で計算してみる価値はある。
ここまでの機会損失を全部わかった上で、それでも「取る」と決めて取りにいく。これと、まわりが取るから何となく取りにいく。同じ専門医でも、この二つは雲泥の差だ。
手にする肩書きは、同じ1枚。でも、握ってる覚悟がまるで違う。後ろを振り返ったとき、「自分で選んだ」と言えるかどうかが違う。
あなたは、何を払っているか分かった上で、その肩書きを取りにいくか?
※本記事は一般的な情報の整理であり、特定の進路・投資の推奨ではありません。投資は自己判断・自己責任で。年数・費用・税額・運用結果はすべて概算で、時期・施設・学会・自治体・年度により変動します。