考え方

【他人軸】その進路、本当に自分で選んだ?【見分け方は1つ】

written by じん
【他人軸】その進路、本当に自分で選んだ?【見分け方は1つ】

何で医者になったの? 何でその診療科なの? 本当に100%、自分の意思だったの?

進路を決めた日のこと、覚えてる? 俺は覚えてる。あの日の俺は、選んだ気になってただけだった。 面接用に考えた志望動機を、いつしか本心だと勘違いして、本当の自分を見失ってた。

「自分で選んだ」と「選ばされた」。 実はこの2つ、選んでる本人には、全然見分けがついていないんじゃないかと思う。

「選ばされた」は、選んだ顔をしてやってくる

操り人形の糸

誰かに無理やり決められたなら、まだ分かりやすい。反発もできる。

厄介なのは、周りの空気・親の期待・「普通はこうする」が、自分の意思の顔をして入り込んでくること。 「みんなが取るから専門医」「親が喜ぶからこの道」——でも後から振り返ってみると、口に出すときは、ちゃんと「俺が決めた」って言ってるんだよな。本人は嘘をついてるつもりがないから、本当に恐ろしい。

だから、決めた瞬間の満足感は当てにならない。俺も満足してた。数年後に体調を崩すまでは。

【告白】俺が医者になった理由、"内科の花形"を選んだ理由

鏡に映る自分

正直に並べる。

何で医者になったの? ——親が医者だったから。

何でその科を選んだの? ——親の医院が内科だったから。内科の花形でかっこいい!と周りが言うから。あと「手技を身につければ食いっぱぐれない」。

そこにあるのは、周りの期待と憧れだけだった。自分の意思、どこいったん。 で、世間の物差しで選んだ道は、しんどくなった時に踏ん張りが効かない。「なんで俺、これやってるんだっけ」の答えが、自分の中にないから。

【見分け方】無人島でも、同じ選択をするか

静かな部屋の椅子

じゃあ、どう見分けるか。俺が使ってる問いは1つだけ。

「誰も見てないとしても、その道を選ぶか?」

親も、同期も、SNSもない無人島を想像する。称賛も、心配も、マウントも存在しない。 それでも選ぶなら、それはあなたの選択。 誰も見てないなら選ばない——それは観客のための選択だ。

【救い】選び直しは、いつでもできる

新しい道を歩き出す足元

「選ばされてた」と気づいても、絶望しなくていい。 俺は専攻医になってから気づいて、気づいてから1ヶ月で転科を決めた。遅いどころか、めっちゃ早い。早く気づけてよかったと思ってる。

選択は、上書きできる。 むしろ「一度選んだから」だけで続ける方が、選ばされた人生の続編でしかない。 価値観なんて、変わっていい。むしろ、変わらない方が恐ろしい。現状維持は、衰退。変わっていこう。

最後に。誰も見てない夜にでも、自分にそっと聞いてみてほしい。 ——その進路、本当に、自分で選んだ?


※キャリアの感じ方には個人差があります。心身がつらいときは、無理せず専門家にご相談ください。

← トップにもどる